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新聞を批判的に読むために役立つ視点

読書感想:「本当のこと」を伝えない日本の新聞、マーティン・ファクラー著



週刊ポスト(2013年2月15日号)の「世界から無視される安倍政権」でオヤと思って購入した書籍。カレル・ヴァン・ウォルフレン(オランダのジャーナリスト)とマーティン・ファクラー(NYタイムス東京支局長)との対談の記事の中でファクラー氏は「日本のメディアの政府批判は官僚の代弁」との発言をしていた部分だ。






この「「本当のこと」を伝えない日本の新聞」で著者のファクラー氏は氏の12年に及ぶ日本での経験をもとに、日本の新聞の問題点の本質が権力に寄り添った姿勢にあり、本当のことを伝えない点にあるとする。その象徴が記者クラブにあるとしている。

大手新聞をはじめ中央メディアは、記者クラブで発表される官僚や企業のニュースリリースを垂れ流しているだけで、それでは日本のメディアは官僚制度の番犬、日本経済新聞は企業広告掲示板といわれてもしようがないと悲しみを持って語る。
例外はあるものの日本の新聞の問題点を実例を挙げて以下のように指摘している(()は実例)。

  • マクロ感を欠いた記事(死者・不明者が2万人近くでた東日本大震災の報道で死者数の一桁の数字にこだわる記者の姿勢)
  • 当局の情報隠しを追求しない(福島原発事故では住民避難に不可欠だったSPEEDIのデータ公開を求めなかった)
  • 不可解な当局プレスリリースの垂れ流し(政権交代直前の不自然な西松建設事件報道、オリンパス事件の初期の企業寄りの報道)
  • 既得権益団体の記者クラブ(亀井静香大臣の記者会見オープン化に猛反発した記者クラブ、フリーランス記者や外国記者を排除)
  • 中央メディアの記者のサラリーマン化と上から目線(一流大学出のみの採用と官尊民卑の感覚。自分で調べ、自分で考え、社会不正を暴く記事を書かない)
  • 良い記事とは何かを履き違えている(日本での記事の価値が他社より数日早いニュースリリースを得ることに成り下がっている、日本新聞協会賞を取ったスクープ記事、例えば1999年の日本興業銀行と第一勧業銀行、富士銀行が共同持ち株会社を設立した日本経済新聞の記事など)
  • 日本のメディアは政治家の批判はしても官僚の批判はできない(当局や大企業と近い距離で情報入手を第一に優先させるため官僚批判、大企業批判はできなくなっている(これはaccess journalismと呼ばれる))
日本という一見平和そうに見える国に横たわる広大な暗部を誰が光を当ててくれるというのだろうか。それを思うと暗澹たる気持ちになってしまうのだ。また、ファクラー氏はこうも指摘する。
  • 記者クラブ型メディアが存続しているのは日本人が無意識にでもそれを認めてきたため。韓国や台湾やアメリカやフランスなどは軍事政権と戦い民主主義を作り上げた経験があるから民主主義の大切さや価値が肌感覚でわかっている。

そこで最終章で氏は、日本のジャーナリズムが健全になるための提言を幾つかしている。日本人は戦後体制のあり方を見直す時期にきている。政界では2009年夏に55年体制を支えた自民党が下野し静かな革命が起こった。2011年日本人のアイデンティティを根底から揺るがす東日本大震災と原発事故が起きた。既得権益を手放さず若手やチャレンジャーをつぶそうとする層が存在する。記者クラブがそうだ。3.11で日本の様々な問題がむき出しになった。新聞がより良い市民社会を作って行く上でジャーナリズムが果たす役割はとても大きい。このチャンスを逃してはならない、と説くのだ。最後にファクラー氏は、新聞変革に日本の民主主義が試されていると説く。その通りだと感じた。




この本を読んで、新聞やメディアの役割を改めて考えることができた(確かにメディアは政治家は叩いても官僚を叩かない。叩いても完了組織の中の異端児だったりスケープゴートにされた個人だった様に思う)。今の新聞やTVメディアは自己浄化、自己改革はできないだろう。そうであるならば、我々市民はどうすれば良いのか。

単純なことだけど良い記事には拍手を送り、悪い記事、紙面作りには罵声を浴びせる。

そこで最終章で氏は、日本のジャーナリズムが健全になるための提言を幾つかしている。日本人は戦後体制のあり方を見直す時期にきている。政界では2009年夏に55年体制を支えた自民党が下野し静かな革命が起こった。2011年日本人のアイデンティティを根底から揺るがす東日本大震災と原発事故が起きた。既得権益を手放さず若手やチャレンジャーをつぶそうとする層が存在する。記者クラブがそうだ。3.11で日本の様々な問題がむき出しになった。新聞がより良い市民社会を作って行く上でジャーナリズムが果たす役割はとても大きい。このチャンスを逃してはならない、と説くのだ。最後にファクラー氏は、新聞変革に日本の民主主義が試されていると説く。その通りだと感じた。
単純なことだけど良い記事には拍手を送り、悪い記事、紙面作りには罵声を浴びせる。
この本は多くの人に読んでもらいたい。




日本のジャーナリズムの意識がずれている点はジャーナリズムの存在意義にある。権力と市民の間に立ちそれらで構成される市民社会がより良いものにするためにジャーナリズムは存在すると意識が欠如している。権力の監視と社会不正、不公平の追求が本来のはずで、例えば記者主催で議員の誕生会を祝う会を開くなどもってのほか。また、それをおかしいとしない日本人の感覚もずれている。これらは日本という国の民主主義が自分の手で勝ち取ったものではなくGHQに与えられたものだからだ危機感覚がないことに由来すると分析する。

本書の中で一番心にずっしりと重くのしかかる記述は地震の記載もさりながら「北海道新聞による道警の裏金報道」の顛末の方だ。

2003年11月から1年半に渡って北海道新聞は北海道警察の裏金問題を徹底的に斬り込む調査報道を展開した。北海道新聞は組織的な裏金作りを追求し一部を認めさせ、返還までさせる快挙を成し遂げた。しかしその後、すばらしい調査報道を取材したチームがリーダの高田昌幸氏をはじめ決して報われなたものではなく、散り散りになっていく。


北海道警察の元総務部長の佐々木友善氏が北海道新聞に謝罪要求を執拗に出し名誉毀損で地裁に提訴している。2004年、北海道新聞社の室蘭支部と東京支部の社員がそれぞれ6000万円と500万円を着服し警察が捜査に入ることが起こる。労務担当常務はこの警察の操作が企業そのものの存亡に関わりかねないような捜査を受けたと労使の団体交渉の場で発言している。

これをファクラー氏は「北海道新聞は社員に着服された被害者だ、それを堂々と反論し、捜査が不当なら紙面で世間に訴えるべきだ」と指弾する。しかしそう反論できる日本のメディアは多くないだろう。いや正確には皆無だろう。正義を貫くより組織を守る保身に走ると簡単に想像できてしまうし自分の属している会社や社会がそうなっていると感じるのが悲しい。日本のメディアは一般企業と同じで最後は記者を見限ると容易に想像できる。それが証拠にファクラー氏も指摘しているように自分自身の間違いを検証し、訂正する報道を見たことがないからだ。

NHKも日本経済新聞もその他メディアも自分の報道の間違いがどこにあったのかを検証していない。もちろん、日曜日の早朝とか、特定の番組の訂正番組とかはあるが、今回の福島原発事故での政府の情報隠しを追求できなかったのかなど自己否定につながる検証は全くなされていないと感じているからである。


この本を読んで、新聞やメディアの役割を改めて考えることができた(確かにメディアは政治家は叩いても官僚を叩かない。叩いても完了組織の中の異端児だったりスケープゴートにされた個人だった様に思う)。今の新聞やTVメディアは自己浄化、自己改革はできないだろう。そうであるならば、我々市民はどうすれば良いのか。


このフィードバックが絶対大切だ。判断基準はより良き市民社会に資するかどうか。ツイッターやブログなどがやはり力を持つのだろう。

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